ランチタイムのひとときに
〜 from とらいあんぐるハート3 [月村 忍] 〜
まずは、状況を整理しよう。
どうして私はここにいるんだっけ…?
ここ、といっても別段遠い土地に来たワケじゃない。むしろ毎日来てる場所。
学校の、自分のクラスの、自分の席。
それが異邦のように思えるのは、周囲の様子がいつもとはまるで違うから。
ドリンクパックから伸びるストローを口にくわえ、アセロラジュースを軽く啜る。
……いや、だから現実逃避してる場合じゃなくて。
いつもとは違う周囲──私を囲むように座る三人のクラスメイトに、私は視線を移した。
「月村さん、良くそれ飲んでるよね。好きなんだ?」
向かって右側、肩までかかる髪を揺らして小首をかしげたのが岩城さん。巻き舌な口調が実に可愛らしい。
「ってゆーか、なんでそれだけなんやと聞きたいわ」
私のパックを凝視して、それから自分のお弁当──かなり量があるそれは、自分で作ったものらしい──に視線を落としたのは鳥居さん。バレー部のエースで背も高い。中学まで関西の方をあちこち転々としていたそうで、彼女の関西弁はクラスの何処にいてもすぐわかる。
「そんなの決まってますよー。でもそういうの必要ない気もしますけどね。月村さんないすばでぃ! ですし」
クラスメイト相手でも丁寧な口調を崩さないのは、左に座る日向さん。ほわほわっとした、日だまりの午後のような雰囲気の持ち主だ。
学校の、昼休み。
いつものように昼食をジュースだけで過ごし、のんびりと午睡を楽しむつもりだったのだけれど──
「ね、ね。月村さん、お昼一緒しない?」
と、有無を言わせない勢いであっという間に周囲を固めたのが、この三人だった。
クラスメイトだし、もちろん面識はあるけれど、彼女たちとは今まであまり親しく話したことはなかった。
というより、クラスのほとんどの人と、と言い直すべきか。
最近になって、高町くんというちょっと親しくなった人もいるけれど、あまり積極的に友達を作ろうとは思わなかったから。
「え…と、ダイエットとかそういうんじゃなく、いつもお昼はこれくらいで──」
「なるほど〜、日々のたゆまぬ努力がその身体を維持している、と。あたしもそうしようかなぁ」
「考えられるだけええやん。あたしなんか、部活あるからここで食べておかんと、後が保たなくなるし」
「でも鳥居さんはその分運動してるから、あまり必要ないですよね」
「ま、そーゆーのはあるけどな」
「あ〜、そっちの考え方もあったよねぇ。んー、どっちの方がいいかなぁ」
「食べないよりは、食べて動く方が健康的な感じ、しますけど」
「なに、ゆんちゃんダイエット考えてるん?」
「そんなのいつもだよー。だって考えてみなよ。太るの気にしないでおやつ食べ放題だよ?」
「それはちょっと違うような…」
「ね、月村さんはどう思う?」
「え、あっ、その…私もあんまり運動しないけど……」
目の前で、目まぐるしい勢いで会話が交わされてゆく。ちなみに”ゆんちゃん”は岩城さんの愛称だ。
そんな風にお喋りばっかりしていたら食べる時間が無くなるんじゃないだろうか、と心配にもなってくるのだけれど、ふと見るとそれぞれのお弁当は少しずつ無くなっているから不思議。
不思議と言えば、今日いきなりこんな風に声をかけてきて、お昼を一緒にしようと言い出してきたこともそうだ。今までそんなこと無かったのに……。
そんな思いが我知らず表情に出ていたのか。
正面でこっちを見ていた鳥居さんが、それまでの表情を改めたのは、みんなが一通りお弁当を食べ終わった頃合いだった。
「あー、そや、そや。今日はそーいう話やないねん」
そう言って、わずかに顔をしかめて上を向くと、思い切ったように口を開いた。
「んとな、今日こうして声かけたんは、あやまろ思たんよ」
「謝るって……え?」
その突然の言葉に驚いて他の二人を見ると、さっきまでの明るい笑顔を置き去りに、神妙な面持ちでいるのが窺えた。
でも、いきなり謝るなんて言われても、特に何かされた覚えはないんだけど…。
「ほら、近頃月村さんって高町くんとよく一緒にいるでしょ。それを見て私たち、ちょっといいかも〜なんて話してたんだ。そしたら先週、赤星君に言われたの。笑ってるけどどうかしたの? って」
「ま、そこで説明したんやけど、そしたら……」
「はい。その気はなくても、本人からすればなにか嫌なうわさ話をしている風にも取れるんじゃないか…って。そんな感じに見えたって」
「それにあの次の日、月村さんお休みしちゃったし……」
あ、そういうことか。
しょぼん、とした口調で告白する彼女たちに、私はようやく事態が飲み込めた。
先日ちょっとした機会があった関係で、私は高町恭也くんと話をするようになっていた。お花見でなんかもあって、少しずつそういったことも増えてきて……。
そんな私たちを見たクラスメイトが、なにかうわさ話をしている風で……。
それに気付いた赤星くんが話を聞いて、事情を教えてくれたのが先週のこと。
その相手が彼女たちだった、と言うわけだ。
次の日休んだのは別の理由があったんだけど、それも彼女たちからしてみれば、自分たちの所為なんじゃないかって思えても不思議はない。
「そんなわけで、嫌な思いさせちゃってゴメンナサイ」
「堪忍な」
「ごめんなさいぃ〜」
揃って頭を下げる三人。
あの時はあんまりいい気はしなかったけど、赤星くんから説明を聞いて納得したし、なによりあの日の夜にすごく嬉しいことがあったから、正直なところ忘れていたといっていい。
だから、こんな風にちゃんと謝ってくれたことは純粋に嬉しいんだけど、反面ちょっと困っちゃう部分もあるわけで。
…………。
……。
そんな風に考えていたら、ちょっとした悪戯心が頭をもたげてきた。
脳裏には、普段は真面目なくせに、わりとうそつきな彼の顔。
花見の席で、那美をだましたあの笑顔。
……うん、あんな感じでいいのかもしれない。
だから、私は──
「いいけど、一つ条件つけさせてもらおうかな」
大仰に声を低くして、そう言った。
そんな私の声音に、恐る恐るといった様子で顔を上げる三人は、まるで判決を待つ死刑囚のよう。
そんな面持ちの彼女たちに、私は小さくこう告げた。
「その美味しそうな卵焼き、一つ分けてくれたら許してあげる」
こんがりきつね色に焼けた卵焼きを指さして、小さな笑顔を浮かべながら。
なんとなく思いついて頭の中でまとまっちゃったので書いてみた、みたいなー。
クラスメイトの三人はもちろんオリジナルですが、声は各自脳内で補完していただければ幸いです(笑)
2007/10/18